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不気味な虚無そのものの器、キャラクターではなく単にそこにあるものとして立つ前田敦子のきわめて映画的な存在感を再確認させてくれる怪作『Seventh Code』を観たり、素晴らしきポップ・ミュージック"ラブラドール・レトリバー"を幾度と無く耳にしたり、最近資本主義が生み出した怪物としてのアイドル産業にしか作り得ないような美しさを持った作品に触れる機会が多かった。だからこそ、その負の側面として想像出来ないほどにおぞましい事件に触れてしまったことはこの文化の消費者の一人として本当にショックが大きい。胸が痛むどころではない。あってはならないことだ。

犯人の動機についてなど全てが明らかでない今、憶測で物を語るべきでないとはいえ、このような事態に直面して確率論の問題だとかイレギュラーのやったことだなどと言うことが出来なくなってしまった。もっとより根源的な問題があるのではないかと思うし、そうではないようにも思える。ただ一つ言えるのは警備体制を強化して、という対処療法がもちろん必要だし検討されるべきだろう。握手会の中止も考慮に入れるべきなのかもしれない。

ただこの事件に一切関係のない自分が、あるとすれば単なるこの文化の享受者であるというその一点においてだけなのに、なぜここまで落ち着かず辛いのかすらよくわからない。ただ、犯人がどういう動機なのかわからない今だからこそ色々考えてしまった。すると自分の中にああいった攻撃性の裏返しとしてのタナトス欲求が無いのかと少し掘り下げてみると確実に否定することは出来ないことに直面してしまうし、まったく関係の無い存在に対する心配やこの胸のざわつきと、犯人がまったく関係の無い人間に対して凶行に及ぶに至った動機のようなものがまったく異質なものと言える自信もない。こうした圧倒的なこの世界のおぞましさのようなものに触れて認識してしまった今、自分がそのおぞましさの中にいるということが本当に気分が悪い。こういう時に極端な話を持ち出すのは良くない癖だと思うけど、もうほんと今50枚くらい使ってない握手券あるんだけどこれが全部紙切れになってもいい。しかし、そんなことを吐いても一ヶ月もすれば平気で握手に行っている自分が容易に想像出来るわけで。それはやはり否定したい欲求なんだけれど、しかしその欲求だけが自分にとってはアイドルが正しい文化産業であると言えるための根拠だと今は信じたい……。相変わらずとりとめのないことばかり書いていてすいません。